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(真理さんからのお手紙)


どうしてもお礼を申し上げたくてペンを取りました。
私は結婚5年目、29才になりますが、結婚当初から赤ちゃんが欲しかったにもかかわらず、自然妊娠せず、結婚後1年半から治療を開始しました。

原因は夫(28才)の乏精子症(平均1500〜2500万)と、私の軽度の排卵遅延で、3年の間に内服治療、AIH13回、IVF2回と、治療を重ね、今回2回目のIVFで待望の妊娠が分かったのです。それも全て先生の「不妊は治る」という本にめぐり合えたからだと思っています。

実は私は、公立病院で助産婦をしています。職業柄、不妊のこともよく分かっていたので、かなりのストレスとプレッシャーがあり、辛い毎日でした。夫も警察官でかなり厳しい労働を強いられていて、また、2人とも夜勤も多く、実際、妊娠するには悪い環境でした。

IVF治療は自分の勤めている病院では行われていないため、年配の同僚の助産婦さんたちには理解してもらえなくて、いろいろと心ないことも言われました。周産期にかかわっている者でも自分自身のことじゃない人は、不妊の人の気持ちが分からないんだ、それなら、一般の人達に分かる訳ないんだなあと納得してしまいました。

IVFは徳島大学医学部で行いました。ここは予約が多く、1年待ちの状態なのです。待機の間、排卵のことなど全て忘れ、旅行などをしてストレスから少し解放されました。

私達の場合、Drは「AIHで必ず妊娠する!」と言われ、IVFになかなか踏み切れませんでした。それでも、どうしても欲しくて、私の方から先生にお願いし、IVFをすることになりました。

第1回は、平成7年の6月。この時は14個排卵し、12個受精卵ができました。この成績の良さに有頂天になり、必ず成功すると思っていたのですが、あっという間に生理がきてしまいました。

同年10月に凍結受精卵も戻しましたが、これもダメでした。そうして、かなり落ち込み、お産をするのもイヤになってウツウツとした毎日の中、今年、IVF2回目を控えていた私と先生の本の出会いがあったのです。3月中頃のことです。4月からは注射が始まる予定だったので、正にグッドタイミングでした。

読後感は、「何故こんないいこと、気が付かなかったんだろう!」という感じでした。というのも、日頃、私の病院ではソフロロジー式という分娩法を使っていて、これはイメージトレーニングが主となる分娩法なのです。この研究をかなりしていた私は、母親学級でイメージトレーニングの重要さを妊婦さんたちに説いていたのです! 「まさか、不妊にイメトレ…。

目からウロコとは、正にこのことでした。それからしばらくして、CDブックも探し出して求め、1カ月後のIVFに備えて毎晩イメトレを重ねました。慣れのせいか、すぐにイメージングがうまくいきました。

そうして5月、IVF2回目の採卵です。また、13個ほど採卵できました。しかし、誰もが驚く結果がでたのです。受精に関しては、先生も私も自信があったのに、たった1個しか受精していないというのです。ショックでポロポロと涙が出てきました。その夜は、面会に来た夫に当たり散らしました。また1から…、と思うと胸がつぶれそうでした。けれども、翌日のETに備えてイメトレのテープだけは聴きました。着床の部分を何度も、何度も。

そうしてETの時、先生が「1つしかないから、妊娠率はかなり低いです。でも、ものすごくきれいな胚です。」と言って下さいました。そこで、私は思いだしたのです。「不妊は治る」に書かれていたMさんのことを。たった1つの受精卵のパワーを信じて成功した人です。先生は移植前の胚を見せて下さいました。「本当にきれいだからうれしくて。」と、おっしゃってましたが、本当に透明で、きれいな四分割卵でした。

その後2時間の安静の間、その胚が着床するイメージを浮かべて、またテープを聴きました。今思うと、イメージトレーニングが良かったとしか、思えないのです。かなり卵巣がはれていたので、HCGもETの時に使っただけでしたが、その後、激烈なOHSSになり、1カ月ほど入院する程になりました。OHSSは辛い体験でしたが、その時も「赤ちゃんが元気にホルモンを出しているんだ!」と、ポジティブ・シンキングで乗り切りました。

今通院して、Drに「実はイメージトレーニングのCDがあって…」と、お話したら、すごく興味があるようでした。Drも「そのおかげかも知れないな…」と、この確立の低かった妊娠を喜んで下さっています。今度、この本とCDを貸す約束になっているんですよ。

最後になりましたが、本当にありがとうございました。今度は先生の胎教の本にチャレンジするつもりです!


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